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この魚が、60年代の伝説の魚、デルタテール・オブ・フォンテー ヌである。 この尾ビレは、モザイクとは言えない。これこそが、コーダルピ グメント遺伝子Cpの表現である。 いわゆるモザイク遺伝子Moは、Cpから発展したものではなく、 まったく別のルーツを持っていると私は考えている。 1970年前後に、「ボルケイノ」とか「フレーム」とかの名前で輸 入系統のモザイク系が紹介されたが、そのあたりから、モザイク は赤い斑点がきっちり入る系統へとシフトしていった。そんな中 で、浜井利夫氏が京都のR熱帯魚店のグッピーコンテストに出 品・優勝した魚が「モザイク」と呼ばれ、現在に至っている。 したがって、オールドファッションファンテールが日本に導入され るまで、10年以上も、Cp遺伝子はほとんど絶滅状態だったので ある。
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モスコーブルーは、フルメタルのオスとアメリカの単色系のメス との交配から生じたと言っている人がいるようだが、正気の発言 とは思えない。それで作れるのだったら、作ってみていただきた いものである。 まあ、それは、ほっとこ。
初期のモスコーブルーを繁殖してみると、黄色い稚魚が混ざっ ている。これは何だろうと育ててみたら、タイガーの体色となっ た。これにより、グッピーのタイガーという系統は、グッピーとモー リーとの雑種から作られたことを明らかにしてしまった。 親によっては、タイガーの出現率が50%に達する場合もあり、 不思議だったのだが、ようやく、謎は解けた。 タイガーの個体は、MおよびN遺伝子がmmnnと、すべて小文 字の構成なのである。4つのうち、ひとつでも大文字があると、表 現はモスコーブルーとなる。つまり、タイガーの出現率が低い親 ほど、大文字のMとNの数が多い、ということだ。 ところで現在、輸入直後の遺伝子構成のままモスコーブルーを 維持しているブリーダーはたいへん少なくなっているようで、世間 では、何が混じったのかわからない、うすら寝ぼけた色彩の魚を よく見る。 ヒントとしては「ルービックキューブの1面は崩してはいけない」 ということなのだが、これで私が何を言いたいかわかった人は、 なかなかの実力者である。
モスコーブルーを繁殖してみると、タイガー以外の子はすべてモ スコーブルーの表現となるので、一見、維持は楽そうに思えるの だが、実はそう簡単ではない。いい加減に繁殖していると、メラニ ンの深さが足りないものや、背ビレが黒くならないもの、尾ビレに 黄色が入ってしまうものなどが増えてくる。世間で安価で販売され ているモスコーブルーは、だいたいそういう二線級の個体であ る。メスが全然ダメな群れを見ることがあるが、これは育て方、簡 単に言ってしまえば餌の量がまったく足りていないパターンであ る。 モスコーブルーの作出については、ブラックモーリーの血が使 われていることがドイツの熱帯魚雑誌DATZにちゃんと紹介され ている。そうでないと言う人がいるなら、それなりの証拠を提示す るべきで、単なる伝聞では話にならない。 だいたい、P.レチクラータ種をどういじってみたところで、あの 色彩は作れそうにないことは、長年グッピーを飼っていれば体感 的にわかることである。
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タキシードと呼ばれる遺伝子は、本当はNigrocaudatusと名づ けられている。したがって、遺伝子をうんぬんする場合は、Tuで はなく、NまたはNiという記号を用いるべきである。 あまり知られていないが、Nigrocaudatus遺伝子にはTとU がある。 Tは、1947年にNybelinが発表したもので、これは現在われ われが言うところの「半タキ」というやつで、モザイク系の尾部に 特徴的に見られる発色である。 Uが、いわゆるタキシードで、1959年にDzwilloによって発表 されている。 日本のグッピー史において、モザイクが登場したのは1960年 代末のことだが、これは、当時輸入されたタキシード系から、タキ シード遺伝子を脱がせたものを元にしていることは明らかであ る。 それまでの日本のデルタ系グッピーは、コーダルピグメントまた は単色の遺伝子で構成されていたため、尾ビレに明確な模様は 入らなかった。これに対し「モザイク」は、メリハリのある色彩で尾 ビレを彩ったのである。 このモザイクは、尾の付け根が黒くなり、これを愛好家は「半タ キ」と呼び、タキシード系との血のつながりからそのような発色が 現れたのだろうと考えられていた。ところが事実はそうではなく、 日本にUとしてやってきた魚が、その裏側にTも隠し持っていた だけの話である。 NigrocaudatusTとモザイクとの関係については、いずれ書く 機会があるだろうから、今回は本タキシード、NigrocaudatusU について述べる。 DzwilloはこれをX染色体上の遺伝子として発表しているが、現 在ではY染色体に乗っている例も普通に見られる。もっとも典型 的なのは、ドイツイエロータキシードである。 彼は論文の中で、協力者に対して謝辞を述べているが、Nigro caudatus遺伝子に関しては自力で研究されたようである。 たとえばFiligran(日本でいうコブラ)とアルビノ・エロンガートゥ スについてはDr.エドゥアルト・ シュミット、ファンテールに関して はパウル・ ヘーネル氏の名前が挙げられている。Dr.シュミット は、その後結婚され名前がシュミット-フォッケとなり、日本ではデ ィスカスの大御所として有名だが、若いときはいろいろな熱帯魚 に手を染められていたのである。すでに故人だが、実は私は19 90年に彼のお宅にお邪魔したことがある(自慢)。 ディスカス以前のシュミット-フォッケ博士は、真っ黒い魚を作ろ うとして、ブラック・ベタは成功したが、グッピーはブラックタキシー ドまで行ったものの、どうしても頭と胸が塗りつぶせなかった、と いう笑える話が残されている。モスコーブルーを見て「この手があ ったか!」と思われたかもしれない。 Nigrocaudatusつまりタキシードの出自については、Dzwillo は論文の中で触れていない。この色彩は、P.レチクラータ種の 単独では作りようがなく、他種の卵胎生メダカの血が援用されて いることはほぼ間違いない。
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この本は、今はなき蒼洋社から出版されたもので、当時は「日 本で最初のグッピーの本」の発刊を競っていた。 「グッピーへの招待」(緑書房)が昭和42年6月25日、「グッピ ーの世界」が昭和42年7月30日の発行である。まあ、中身を読 んでみれば、「招待」は和泉克雄氏がみっちり書き込んで完成度 が高いのに対し、「世界」は、牧野信司監修となっているが、本人 がどれだけ書いているかは疑問で、特に遺伝の部分はどこぞの 洋書を直訳しているだけで、はっきり言って日本語の文章になっ ていない。誰にアルバイトをやらせたかは不明だが、これを読ん で何が言いたいのか理解できる人は、相当のレベルである。 この表紙のモザイクとモザイクタキシードは、浜井利夫氏の作っ た魚で、浜井氏のお話によれば、あげたときはもっと良かったの に、写真では病気になってる、と嘆いておられた。確かに、タキシ ードのオスはカラムってて調子わるそうである。 その後、和泉氏は「グッピー百科」(西東社)、牧野氏は「グッピ ーの魅力」(保育社カラーブックス)という展開を見せているのだ が、まあそれぞれの個性として、当然の成り行きであろう。 1970年に和泉氏系の「日本グッピー協会」と牧野氏系の「全 日本グッピー協会」が完全分裂というか、ほとんど敵対関係みた いになっちゃって、当時のグッピー愛好家は踏み絵を踏まされた ようである。当時ガキだった私は、大人になったら日本グッピー 協会に入れてもらおうと思っていたのだが、いざ大人になったと き、同協会は消滅していた。 日本グッピー協会は、1980年に和泉氏が引退された後、北海 道の釧路支部の人たちがあとを継ぐ形をとったのだが、これがう まく機能せず、数年で自然消滅している。 一方、全日本グッピー協会は、1971年に会報を出したもの の、それっきりである。 もう10年ぐらい経つのだろうか、牧野会長で「日本グッピー協 会」発足、という話を聞いたとき、私は驚いてしまった。なにしろ 「全日本」ではなく、「日本」だというのだ。これでいちばん怒った のは、兵庫の衣笠氏である。当然だ。衣笠氏は「日本」の人であ り、今も現役である。私と違って、踏み絵を踏んでいる人なのであ る。 そういう意味では私は部外者とも言えるのだが、現在の「日本 グッピー協会」が、最初から「全日本グッピー協会」と名乗ってい れば、何の問題も起きなかったはずなのである。この件に関して は、「ツツイは和泉克雄の最終弟子」と認識している人が多いよう で、私も巻き込まれそうなのだが、正確にいうと和泉克雄最終弟 子は杉野氏であって、私は最後から2番目である。 フィッシュマガジンの編集部に在籍していたとき、私は「グッピー コンテストあったら、どこにでも行きますぜー」と豪語していた。実 際、静岡や大阪に取材(撮影)に行ったときは、完全に取材費超 過である。にもかかわらず私のJumpin’ Jackを野放しにしてくれ たのは、緑書房の故・中村社長なのである。それで増長した私 は、インターナショナルグッピーコンテストを見るため、地球の裏 側まで行ってしまったが。 それでもって、現在はどうなのだろうか? あいかわらず、グッ ピーコンテストは各地で開催されているようである。だが、そこで 上位入賞をしているのは、尾ビレ白いのと、青いのと、眼の赤い のばかりである。ワンパターンとは、このことだ。 数年前、当時アクアライフ編集長だった江島氏に、私は提案し た。 「今のグッピーコンテストなんて、取材する意味ないじゃん。やめ ちゃえよ」 アクアライフ誌は、単独グッピーコンテストの取材をしなくなっ た。 振興会から緑書房に出戻った大野氏に、私は提案した。 「FMでカラー1ページ使うんだから、コンテスト主催者から金もら えばいいんですよ。全国誌のカラー1枚なんだから、10万円でも 安いよな」 フィッシュマガジンはそれを実行したらしいが、たいへん不興の ようである。そりゃそうだろな、今までタダだったものが、いきなり 「金払え」ぢゃ。 | |
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私の人生に多大なる影響を与 えた、間違いだらけのグッピー教 則本のひとつ。ただ、私の和泉克 雄という偉大なる先人に対するリ スペクトは永遠に変わらない。 | |
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Der Guppy Michael
Kempkes Ulmer | |
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これはUlmer社の本で、ドイツにでかけていた森 文俊氏にもらった。 まあ、入門書の域を出ないな。 表紙から推察されるように、ずいぶん日本のグ ッピーに毒されている(この表紙のオールドファッ ションは小林道信氏撮影)。本文中には、佐々木 浩之氏撮影の私の魚も出ている。 で、著者であるMichael Kempkes氏の「ケムケ スダブルソード」とやらがあるかと捜してみたら、 載ってない(笑)。あいかわらず私には、「ケムケ ス」は謎の魚である。 | |
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Livebearing Aquarium Fishes Manfred Brembach TFH
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TFHの本は内容がピンキリなのだが、本 書は上等の部類である。もうずいぶん昔の 出版ではあるものの、コンパクトによく出来 ている。 | |
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Wer weiss was ueber Guppys? Michael
Kempkes Tetra | |
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ケムケス氏がUlmerの本で味をしめたか、 テトラ社の本も書いちゃった。 あんまり参考にもならない内容だが、これ の著者はFiligran遺伝子を正しく理解してい るようで、勉強のあとがうかがえる。 | |
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Lebendgebaerende Zierfische Arten der
Welt
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これはけっこう、私の愛読書だったりす る。こんな本、よく作れるよな。ドイツって、 やっぱりすごい国である。 | |
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DER GUPPY Hans-Guenter
Petzold
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これは旧東ドイツ系の本 で、カラー写真は、なんと1 ページ(笑)。 しかし内容は実にしっかり していて、過去の文献をほ ぼフルマーク。ひじょうに真 面目にグッピーを研究して いることが窺える。 | |
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元がロシア語であるせ いか、どうも翻訳が変な のがひっかかるのだが、 私にとってはかなり重要 な1冊である。専門書だ から高価(7千円ぐらいす る)で、グッピーに関する 記述は数ページしかない ことをおことわりしておく。 | |
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これはGGDのHorst Schillat氏の著 書と言えるもので、グッピーを語る本 としては、たいへんよくまとまってい る。この本が日本に何冊あるかは知 らないが。 Dr. O. M. Stoerzbachには、日本 で一度講演していただきたいほどで ある。
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こういう雑誌をマークしている熱帯魚 愛好家は少ないと思うのだが、いかが だろうか。 | |
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本日、この画像をアップして、腰を抜か している人が世界中に30人ぐらいは存 在するはずである。ツツイが、いかに古 文書野郎かというのを証明する1品。 これがPinguの初出である。 | |
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グッピー専科 文・岩崎 登 写真・池田 力 マリン企画 | |
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1980年代のドツボな日本グッ ピー界に、大きな影響を与えた、 重要な1冊である。 当時は、ドイツイエローの復活、 ブルーグラスの台頭、オールドファ ッションの輸入と、熱心なグッピー 愛好家によって、新しい動きが見 え始めた時期である。80年代後 半の日本のグッピーシーンがどの ようなものだったかを知るには最 適の本と言えるだろう。 | |
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Vererbungslehre fuer
Aquarianer J.H.Schroeder
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シュレーダー博士の書かれた、熱 帯魚の遺伝の本で、これを読むこと によって、グッピーの遺伝の知識は 飛躍的に高まることだろう。 この原本はドイツのKOSMOSから の出版で、当然ドイツ語で書かれて いるのだが、確かTFHからの英語版 も出版されている。その図版の一部 は、TFHのIWASAKI本にも流用され ているが、間違いが多いので気をつ けなければならない。 | |
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how to raise show guppies lou
wasserman tfh | |
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1977年の発刊で、カラー写真が 多く、参考になる1冊である。やっぱ りグッピーは、カラーで見たいもので ある。 しかしなんだろねこの表紙は。大文 字を使わないというのは、デザイナの 趣味かね。 | |
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Tropical Fish Collection 4
GUPPY 文・筒井良樹 | |
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現在動物写真家の第一 人者である岩合光昭氏の 父上の撮影によるグッピー 写真集。魚の解説は和泉 克雄氏と牧野信司氏が呉 越同舟(笑)。 ところで関係ない話だが、 ナツコはアイドルやってたと き、岩合光昭氏に撮影され たことがあるそうである。 | |
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こんなのは基本中の基本で すかね、TERU様。 この本は、いわゆる「水産教 科書系」なので、普通の本屋さ んより、古書店で捜した方がい いような気がする。なぜか、新 品同様の出物がけっこうある (笑)。 | |
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今の「ふぃっしゅまがじん」に求めるモノ としては、俺的には、このロゴだな。 俺たちは、みんな、これで育ってきたの だ。 | |
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Guppy Base-Book
Vol.1 Pisces | |
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森文俊氏と筒井とのタッグで作 ってみたグッピー本。 ちょっと、やりすぎちゃいました あ、と思うのだが、筒井の「クロ ホン」に満足できなかった一部の 「グッピーおたっきー」には、熱狂 的に受け入れられた。らしい。 ただ、致命的な誤植がいくつか あって、特に外国のおたっきーさ んには迷惑をかけているようであ る。間違えている部分(主に遺伝 子記号)に関して、筒井は校正を していないで発刊されているのだ から、もはやどうしようもない。 表紙に「グッピー年鑑」と書か れているので、まあ普通に考え れば、シリーズ物として毎年発刊 されそうに思われたが、Vol.2が 出てくるまで、ほぼ5年を要した。 | |
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Guppy Base-book
Vol.2 Pisces
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佐藤君から話を持ちかけられ て、とりあえずやってみました、 な第2弾。 んー、イマイチだな。 | |
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